「【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します」を読んで

実は今日までこの記事の存在を知らなかった。たまたまニュースを見ていたら出てきたので読んでみた。

【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します
2007年の秋以降、ことあるごとに人材を募集してきましたが、今回はさらにもう一段階上のレベルアップを目指し、これまでとはまったく違う視点と条件で人材を募集することにしました。

背景の部分と求める人材の説明がとても長く、本音に満ち溢れているので、「こんなことを言う経営者として失格だ!」とか「よくぞ言った!当たり前のことだ!」とか、賛否両論さまざまな反応が出ているらしい。

ぼくは経営者がこのような記事を書くことを失格だとも思わないし、よくぞ言ったと賞賛することでもないかなと思う。ただ1点気に食わないところがある。

それは自分の考えが変わることもいいことだし、この人がどんなことを考えていてもいいし、それは事業を起こした企業家として賞賛され、誇られるべきところだけれども、1点、いままで自分がした意思決定の責任を自分のメンバーのせいにするのはちょっとどうなんだろうかと思う。それはどんなにそのメンバーたちがダメでも、結局最後は意思決定した自分の責任なんだから。「ひとりひとりがGIGAZINEを支えているのだという自覚が必要であるにもかかわらず、その自覚は皆無、むしろ態度だけがどんどん増長していった」としても、「払われた金の分だけしか働かない、働きたくない、記事を書くのは面倒くさい、そもそもできれば書きたくない」と言われたとしても、「もっと金を寄越せ」と言われたとしても、それはすべて見抜けなかった自分の責任。

もちろんこの裏にはたくさんの理由や思惑があるのかもしれないし、もしかしたらこれは採用のように見えるけれども、中にいる人へのメッセージなのかもしれないし、ある人へのエールなのかもしれないし、いろいろな理由があるだろうし、読む限り本当にこの人は悩んでいたんだろうけれども、それども何であれこうやってメンバーのことを公開で非難するのはぼくの感覚的にはちょっとないかなと思う。

正論だけれども、正当な理由があれば辞めてもらうことができる権利を持っているわけだからそこは説明をして辞めてもらえばいい。そして次の意思決定にその経験を活かせばいいと思う。

ただきっといろいろ賛否両論出ることも承知でこれだけのことを書いて、人や何より「編集者」という仕事論・事業に対する思いを伝えられるのであれば、次はきっといい人が来るんじゃないかなと思う。来て欲しい。これだけ編集長が思い持っているんだから。それに共感できる人が。