慶應義塾大学経済学部

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金曜に慶應大学の大学祭に行ってきました。

経済学部に友達がいたので、そのゼミ紹介の場に軽く同席させてもらいました。
慶應大学経済学部といえば、日本の社長ランキングの1位を突っ走っている、
いわゆるスーパーエリート集団です。

なぜ慶應大学経済学部はこんなにも勝ち続けることができるのか?
正直私もよくわかりませんでした。ただ今回行ってみて、その謎が少し解けた気がしました。

そのゼミに所属している学生さんたち何人かと話をしていると、あることを凄く感じるんですね。

それはコミュニティーの常識議論する文化の違いです。

所属している学生各個人がそれぞれ意見、強みをもっていて、それをゼミでシェアーしようとする空気がある。それに何より一体感を感じました。

そのゼミの中に1人英語が使える女の子がいたのですが、その女の子がゼミの友達に

「わたしぜんぜんゼミに貢献できてないから来期は英語のクラスをやるよ」

みたいな話をする。それに対してゼミの人たちは賛同し、お願いをする。
おそらくそんなことがここでは日常的に行われているのでしょう。

今回わたしは部外者なわけで、はじめに自己紹介をする。そうするとどんどん突っ込まれます。

なんでその会社にしたのか?
いまのIT業界はどうなのか?
事業の成長性はどうなのか?
大手との違いは?
○○というベンチャーがいまシリコンバレーですごく伸びているらしいがどうなのか?
最後はアメリカ人と日本人の気質、文化の違いとそれが経済活動に及ぼす影響にまで意見を求められます。

おどろくのはそのすべてに自分の意見をもっているということです。

「私はこう思う。あなたはこれについてどう思うのか?」

それが学生×社会人でもまったく関係ない。
完全に欧米人の考え方。それをここでは本当に叩き込まれるのでしょう。
いや、そういう気質を持てる人しか入れないというべきなのかもしれません。

学生さんのなかには投資をしている人やベンチャーキャピタルから投資を受けている人もいました。大手商社の重役とコネクションをもっている人もいました。普通の大学でそんな人がいたら、「変わった人」とか思われるのでしょうが、そこではそんなことはなくて、それが普通とはいかないまでも、まあいるよなくらいのレベル感なんです。その空気の違いは本当に大きいと思います。。

そしてどの人も自分のゼミに誇りを持っている。

2年生の学生がそのゼミに興味があると話を聞きに来たときに、もちろんゼミの説明をするのですが、その後は完全に面接。つまり自分たちと当事者意識をもってガチンコでやっていけると判断される人しか入れない。だからこそ自分の意見や考え、行動や強みをもてない人は排除されていき、ある人はそこに気づき改心していくのかもしれません。

大学に個性を求める時代。

その時代に生きる最先端の大学では意見と意見とぶつけるという
あたりまえのアカデミックな姿がありました。

週に2回くらいゼミをやっているらしいので今度1度時間を作って聴講に行こうと思います。

最後に、そこの3年生の学生さんが言っていた言葉を紹介します。

「はじめは小さな円からはじまります。それがちょっとずつ大きくなる。
ちょっとずつ大きな円になっていき、ときには別の円が出てきて、
円と円が何重にもなり、巨大な円になっていく。
でも本当に最後に出てくるものをじっと見るとそれはいたってシンプルなものになるんだと思います。」