カンファレンスレポート

2010年、今回はじめてSES(Search Engine Stragegy)に参加した。SESとは検索関連のカンファレンスで、主にSEOやSEM、今年はそれに加えてSMO(Social Media Optimization)について世界中の企業が参加してディスカッションをする場である。ディスカッションは1時間で、その進め方は大抵数人のスピーカーがまずはじめにセッションのテーマについて10分ずつくらいプレゼンをし、合計30分から40分ほど使い、残りの時間で質疑応答をしながらスピーカー全員でそのテーマについて議論をする手法だ(例外として1人が1時間話すものもある)。

アメリカでは検索の時代が終わりを迎えつつあり、次のキーワードが「Social」になることはほぼ間違いなさそうだ。

多くのセッションの議題は「今後Socialが1つの大きな軸となる中で、いったい何をすればいいのか?」というそれ1点であった。Socialの時代においてSEOはどのように変化し、変わっていかなければならないのか、TwitterやFacebookが台頭し、Googleからの誘導率が相対的に落ちていく中で、企業はどのようにマーケティングを行うことが今後求められるのか、またそれらを継続的に行うためにどのような組織作りを行い、どのようなことに注意すべきなのか。たくさんの議論の焦点がそこに絞られていたように思う。

しかしながらExpo(展示会)でいくつかの企業を回ってみたところ、残念ながらSocialど真ん中の企業は出展しておらず、いつものSEOやSEMのコンサル会社がほぼ8割、9割を占めていた。手法として特に身新しいものも特になく、どの差別化要因はほぼ彼らが提供するツールであった。個人的にはSearch Engineの会社を楽しみにしていたので少し残念だった。

その中でも特に印象に残った企業はマイクロソフト、「Bing」だ。

彼らは今回数少ない、検索エンジンでExpo出展をしてきた会社だ。それもかなり力をいれてきていた。大きなディスプレイにBingのトップページが映し出され、そこでさまざまなデモを行っていた。そしてそのインターフェイスやSERPはとてもすばらしく、Googleを追いかける(現在のところ唯一の)2番手として非常に大きな存在感を示していた。今まであまりUSのBingを使ったことなかったが、知らぬ間にたくさんの機能がリリースされ、インターフェイスも改善されていたことは驚きだった。ちなみにGoogleはad:techのときと同じくDSPを前面に押し出し、Yahooはそもそも何がテーマなのかよくわからなかった。
またBingはYahoo Incとの提携にも触れており、今後の流れや、それに伴うリスティングの出稿方法や管理画面の変更点についても説明を行っており、カンファレンス期間中にYahooの検索エンジンがBingに変更されたことが発表された。

さて日本との比較の中で大きく感じたことはFacebookの存在だ。もちろんSESに来る前までも、Facebookの話題はキャッチアップしてきたし、その規模が急拡大していることも知っていたが、ここまでFacebookがGoogleと並ぶか、いや抜くかもしれないという議論の的になるほど巨大になっている実感はなかった。US、UKなど英語圏ではFacebookはtwtterと並んで重要視されている存在であり、今やGoogleに加え、twitterとFacebook抜きにマーケティングを語ることはできなくなっているようだ。

日本とアメリカが、テクノロジや手法において大きくかけ離れているとは思えない。カンファレンスやExpoの内容を聞いていても、特に新しい技術や思考があるわけでもない。SEOの手法も、SEMのやり方も、そんなに変わりは感じられない。

けれども矛盾するようだが、日本とアメリカには大きな差が存在すると思っている。それは

1つ1つをきちんとする。

ということだ。

自分のサービスをきちんとコストをかけて分析する。長所は伸ばし、課題は克服する。新しい技術や考え方を積極的に取り入れてみる。そんなあたりまえのことをきちんとしている。だからそれらを支援するためのツールやテクノロジーも深くなる。
さまざまな小さな分野に対して専門化され、チームを持ち、高い目標を課せられている。だからそれらを助けるための細かな代理店やテクノロジ会社が多数存在し、しのぎを削る。後発でも小さな分野に特化すればそこに勝てる道があるかもしれないからさまざまな会社が生まれては消えていく。メディアは大きく急速に成長し、サービスはより便利になる。

日本がどうなのかという議論はここではしないが、ad:tech、SESを通じて一番感じたことはこれだ。

さて今回のSESはad:techの2回通しての共通点を探してみると、ソーシャルとかいわれているものの正体についてもいろいろまとまってきた。

ad:techでは、ものすごいスピードでプレイヤーが増えていく中でROIをいかに上げるかが議論の中心であり、Site TargetingからAudience Targetingにその手法は変化しはじめ、Yield Optimizationが大きな流れの中で提唱されてきた。「カオス」と呼ばれる今の状況をテクノロジの力によって理解できることこそが、企業にとって求められることとなり、広告主も、メディアも、代理店も、その変化にスピーディーに変化しなければならなくなった。いままで考えもつかなかったような手法により、我々1人1人の情報にダイレクトにアクセスしようとしてきている。

これまでGoogleは、世界中の情報を整理することが目的であり、膨大なデータベースをネットの世界に作ってきた。それは今でも同じである。Googleが作った世界は、我々が住むリアルの世界の向こう側にある無限の世界であり、人々は必要に応じてその世界に「検索」という手法によりアクセスをし、訪れてきた。もう1つの世界を作ったのはまさしくGoogleだった。

Twitter、Facebook、Linkedin、さまざまなソーシャルメディアもネットのあちら側に我々の世界を作った。しかしそれはリアルな世界にたとえるならば、我々が当たり前のように持っている自宅の住所や運転免許書や電話番号や年収証明のようなものだった。いままで繋がっていなかったネットの世界とリアルの世界は、より深く繋がりはじめ、今まで存在した「リアル」と「ネット」という2つの世界は1つの世界に統合を始めた。リアルで起きたことは逐一ネットの世界にリンクされ、ネットで知り合った人の家にリアルの世界で休暇を取って訪れるようになった。2つの世界を1つに統合する流れを劇的に進めたのがTwitterやFacebookであったと思う。

我々インターネット事業者は、リアルと密接に関係性を持ち始めたネットの世界をどう捉え、どう使い、どう付き合えばいいのか?

それこそが、検索の次の世界を問う質問なのだ。

日本ではどうだろうか?ネットのあちら側の世界とリアルの世界をつなげる覚悟があるだろうか?

mixiは当初招待制の日記共有サービスだった。自分の日記や写真や聞いている音楽を自ら許可した人、もしくは自らが信頼できる人が許可した人に公開する。それに対してコメントが付き、足跡(訪問履歴)を見ることができる。それはリアルな世界のプライベート空間をインターネットを使ってチラ見せできるようにする楽しさだった。しかしmixiが大きくなるにつれて、見ず知らずの人に対して、自分が知らせていない過去の履歴を見られてしまうことに対する嫌悪感が大きくなり、自らが自らとわからないようにリスクヘッジをするようになった。名前はイニシャルになり、日記は非公開になり、個人が限りなく特定できなくなった。

Facebookはハーバード大学内におけるSNSとしてスタートした。ここで行われたのは、ゼミの課題の共有から公式なオピニオンや考え方に対する議論、サークルのイベント告知であり、さまざまな人に見られることを前提にたくさんのコミュニケーションが存在した。Facebookはやがてみずからの鎖をはずし、すべての人がそのコミュニティに参加できるようにした。それでもFacebookのユーザーは自らがFacebook内で行う行動を「見られること」を前提に行った。つまり自らのメディアとしてFacebookを存在させたのだ。

日本で今後facebookがはやっていくのかはわからないが、少なくともTwitterが出てきたことで、名刺代わりにTwitterのIDを教える文化が少しずつ見られるようになった。Blogを書いていない人にとって、Twitterはオープンに公開された始めての自分のメディアになるのかもしれない。その心地よさや、怖さや、楽しさを知ると、少しずつだがネットの世界に自分の場所を作り始めるのかもしれない。

細かな気づきや学びはたくさんあったが、いろいろ考える時間が取れた貴重な1週間だった。

SES San Francisco

今日からSESに行ってきます。

SESというのは検索系のカンファレンスで、「検索」というキーワードを軸に、さまざまなレイヤーの人が議論を繰り広げ、未来の検索エンジン、検索サービス、SEO、SEMなどについて考える場です。

今回はじめての参加になりますが、いろいろと学んで帰れればと思います。

帰国は22日の夕方です。

いつもどおりですが、twitter、メールはつながります。携帯はつながりません。
会社関連の方は緊急連絡先を書いておいたので何かあれば連絡してください。

では、行ってきます!

サテライトオフィス

今週からいままでの席に加えてサテライトオフィスを(勝手に)作ってそこで仕事をしている。

場所は社長の横。これがすごく気に入っている。

1. 1分以内の相談ができる

「すみません、古谷さん・・・」と1日に何度も話しかけられる(古谷さんが社長)。思いついたら吉日というし、離れていたらどうしてもメールに書いたりskypeで話しかけたりしないといけないけど、やはり1分で終わるならちょっと話しかけたほうが話は早い。もちろん空気は読みつつだが。

2. 情報量が違う

当然僕以外にもたくさんの人が「すみません、古谷さん・・・」と来るから、その内容をこそっと聞くだけで今の会社の状況がよくわかる。逆に古谷さんの回答を聞くことで、自分とのシンクロ具合もわかる。シンクロしていなかったら、そのようにジャッジをした理由を聞いたり、意見を言ったりできるところもよいところ。

3. 議論できる

古谷さんから話しかけてくれることで話が膨らむこともある。「これはよかったねー」とか「これはよくなかったねー」とかたわいもない話から「そもそも・・・」みたいな話になって、「今後さー・・・」みたいな未来の話ができることもある。これもいいところ。

4. 机がきれい

ノートPCとノートとペンとキーボードとマウスしかサテライトオフィスにはないのできれい。

5. 古谷さんが何しているのかよくわかった

今のところの試算では

P/Lや事業戦略を書いたり確認したりしている時間・・・4割
MTG・・・3割
契約関連やその他もろもろ・・・2割
その他・・・1割

期末だけに今のところPLと戦略をずっと書いているっぽい。
前に事業責任者の仕事のほぼすべては事業をできるだけ遠くまで見て絵を描くことだとある人に言われたことがあるけれどもこういうことみたいだ。それが実感できる。
逆にまだまだ古谷さんがしなくていい(というか必要だけど作業量を軽減できる)仕事もあるようだから、そこはエンジニアとしてシステムでカバーできるところはカバーできるようにしないと。超いい経験。

もちろんデメリットもあって、それは何より自分のチームの現場が遠くなる分、チームの空気が感じられなくなることだ。

けれどもそれはリーダーのIさんやたっきーにお任せしている。

今まではどちらかというと近くでメンバーやチームの状況を見て、細かなやりとりで出てきている問題点やいいところを見つけ出してきたけど、近くで見てなくてもチームの雰囲気や問題点、いいところを見つけ出せるようにならないといけないし、これはある意味テストケース。

まだ3日目だけど席が離れると不思議といままでスルーしていた情報もかなり見るようになったし、細かなメールやメンバーが出してくる小さなアウトプットに敏感に反応するようになった。

まあ遠くになったところで20歩くらいの距離だし、本当に必要なら来るだろうし、最近はよく出張したり休暇とったりしていて、いなかったときも結構あったけど、いなくても回るようにはしてきたつもりだし、そこで問題が起きたらそれはそれで仕組みに問題があるということだから、まあ大丈夫だろう。あとはリーダーのIさんが良きに計らってくれることを期待していますw

情報が枯渇すると、得られる情報源から最大限の情報を得ようとするから逆に情報の質が高くなるようだ。意図的に減らしてみるのもよいかもしれない。

それぞれのリーダーにチームの育て方があると思うが、ぼくは

ゴールはここですよーここに向かいますよーいいですかーゴールはここです。はい!解散!

ってチームが好き。

踊る大捜査線で言えば

全捜査員聞こえるか? 自分の判断で動いてくれ。 本部への報告は厳守。 現場の君たちを信じる。

ってかんじ。

ということでメンバーのみんな、あっち行ったりこっち行ったりしていますが、必要あればいままで通りなんでも聞いてきてください。skypeもメールも随時募集中。直接の相談も大歓迎。あとはIさん、これまで以上によろしくおねがいします

とりあえずもうちょっとは半分半分くらいで仕事をするつもり。ちなみに僕の横はまだ空いてます。

って書くとみんな席がバラバラで内線が混乱して怒られるかも・・・まあ空気読むかんじで・・・

(次は営業の島に1週間いってみようかな)

「【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します」を読んで No.2

前回「「【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します」を読んで」というエントリーを書いてちょっとぼけっと考えたことがあったので今日はそのことをつらつら書いてみる。

まずはじめに、たくさんの応募が来たらしい

編集長の山崎です。先日から開始した記者・編集の募集について、これまでの過去の募集を大きく上回る前例のない数の求人が来ており、激励する文章も想像を絶するぐらい多く送られてきており、非常にありがたい限りです。ああいう考え方は自立心の強い人か経営者レベルでないと理解できないのではないかと思っていたのですが、そんなことはありませんでした。本当に、本当にありがとうございます。GIGAZINE自体も今後はそれらの期待に応えるべく、記事の中身と質の向上だけでなく、その記事が掲載されるプラットフォームとしての「GIGAZINE」というサイト自体も大きく変えていこうと決意しました。

本当によかった。結局のところ事業に対する思いであったり、どういうことを成し遂げたいのか、どういうチームにしたいのか、それに共感できる人が集まった場所が会社。逆に言えば会社なんてなくても、そういう人がいればきっと事業は成長していくだろう。本当によかった。

話は変わって。

会社の形態なんてそれぞれの会社で千差万別だろうし、もっといえば働き方だって、価値観だって千差万別であって、経営者が欲しい人材もその時々で変わるだろうし、採用した人が今この瞬間から不必要な人になることだってあるだろうし、能力が高ければ必ず採用する経営者もいれば、そうじゃない経営者もいて、能力が高くても採用されない人がいてもいいし、能力が低くても特段の理由があれば採用される人だっていると思う。ようは何でも起こりうる。

今回の話はシンプルにいえば欲しい人が変わりました。いままではこういう基準でとってました。けれどもそれは良くないことに気づきました。だから変えます。今いる人も変わってください。そうじゃなければ今後一緒に仲間としては受け入れることはできませんってことだ。

別におかしな話じゃない。そういうときだってある。

会社も、働き方も、ライフスタイルも、人もモノもすごいスピードで移動して、どんどん多様化している世界の中で、今回のこのニュースから思うことは結局自分で生きていかないとダメだってことなんじゃないかな。動き続けている世界の中で自分が止まったままだとどんどん流されてしまう。何が起きるかもわからない。だから自分が何か思いや成し遂げたいこと、哲学を持っているのであれば、動き続けることが最大の攻めであり、リスクヘッジなのだ。

ぼくは採用面接をすることがあって、たまにメンバーに「どんな人と働きたいっすか?」と聞くことがある。そのときにいまのメンバーから言われたことは「いまこの瞬間今の会社がなくなっても何も困らないし、いつでも別の会社にいけるけどうちで働きたいし、働いてもいいよって人ですかね」といわれたことがある。すごく深い言葉で僕の好きな言葉でもある。

結局こういう人ってシンプルに「強い」人なんだと思う。なんというかすごく雑草魂というか、獣道を書き分けてガンガン突き進んでいける人。そういう人が1つの思いの元に集まったのがチームであり、それを時に会社って人は呼ぶんだと思う。

会社も、人も、組織も、その時々で変わっていく。変わることで強くなる。それを受け入れるか受け入れないかはその人次第。

最後は自分の人生だから。自分自身で生きていかないとダメでしょ。

「【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します」を読んで

実は今日までこの記事の存在を知らなかった。たまたまニュースを見ていたら出てきたので読んでみた。

【求人募集】GIGAZINEのために働いてくれる記者・編集を募集します
2007年の秋以降、ことあるごとに人材を募集してきましたが、今回はさらにもう一段階上のレベルアップを目指し、これまでとはまったく違う視点と条件で人材を募集することにしました。

背景の部分と求める人材の説明がとても長く、本音に満ち溢れているので、「こんなことを言う経営者として失格だ!」とか「よくぞ言った!当たり前のことだ!」とか、賛否両論さまざまな反応が出ているらしい。

ぼくは経営者がこのような記事を書くことを失格だとも思わないし、よくぞ言ったと賞賛することでもないかなと思う。ただ1点気に食わないところがある。

それは自分の考えが変わることもいいことだし、この人がどんなことを考えていてもいいし、それは事業を起こした企業家として賞賛され、誇られるべきところだけれども、1点、いままで自分がした意思決定の責任を自分のメンバーのせいにするのはちょっとどうなんだろうかと思う。それはどんなにそのメンバーたちがダメでも、結局最後は意思決定した自分の責任なんだから。「ひとりひとりがGIGAZINEを支えているのだという自覚が必要であるにもかかわらず、その自覚は皆無、むしろ態度だけがどんどん増長していった」としても、「払われた金の分だけしか働かない、働きたくない、記事を書くのは面倒くさい、そもそもできれば書きたくない」と言われたとしても、「もっと金を寄越せ」と言われたとしても、それはすべて見抜けなかった自分の責任。

もちろんこの裏にはたくさんの理由や思惑があるのかもしれないし、もしかしたらこれは採用のように見えるけれども、中にいる人へのメッセージなのかもしれないし、ある人へのエールなのかもしれないし、いろいろな理由があるだろうし、読む限り本当にこの人は悩んでいたんだろうけれども、それども何であれこうやってメンバーのことを公開で非難するのはぼくの感覚的にはちょっとないかなと思う。

正論だけれども、正当な理由があれば辞めてもらうことができる権利を持っているわけだからそこは説明をして辞めてもらえばいい。そして次の意思決定にその経験を活かせばいいと思う。

ただきっといろいろ賛否両論出ることも承知でこれだけのことを書いて、人や何より「編集者」という仕事論・事業に対する思いを伝えられるのであれば、次はきっといい人が来るんじゃないかなと思う。来て欲しい。これだけ編集長が思い持っているんだから。それに共感できる人が。